ご来園くださった方へ

ご来園くださった方は、入口、出口の木戸を必ずお閉めください

イノシシが入り込み、湿原で暴れまわるのを防ぐためです。
園は、トタン板で囲っていますが、これはイノシシ対策のためです。

嶋村 みずばしょう園

岡山県新見市哲多町引無(ひきなし)の集落にかつての賑わいを取り戻すため、
3000株のみずばしょうと、200本のさくらを植えました。

嶋村みずばしょう園

  嶋村みずばしょう園は、新見市営すずらんの園の北隣に位置する、私設の公園です。標高は550m。約10アール(1反)の湿原に、3,000株の苗を植え、人工的に造った、ミズバショウを主体とした公園です。

 毎年3月25日ごろから4月10日ごろまでが見ごろで、純白の苞をまとう清楚で愛らしい姿は、県北の春を告げるのにふさわしい花と言えます。

 5月下旬から6月上旬、ホウノキの葉に似た大きな葉が茂り、湿原を緑一色に覆いつくす時も見ものです。


  



嶋村みずばしょう園の由来

 

  嶋村家には、かつては広い湿原があり(現在は、その大部分が新見市営・すずらんの園<おもつぼ湿原>になっています。)、昭和40年代には、ミズゴケを乾燥させて梱包し、それを岡山市の造園業者・葉好園に売っていました。 


  昭和41年ごろ、葉好園からミズバショウの株を1株いただき、湿原に植えました。しかし、ミズバショウの実の発芽率は極めて低く、約50年たっても20株ほどにしか、増えませんでした。そこで、平成25年(2013)5月、盛岡市の園芸店から40株購入しました。それをきっかけに、藪を切り払い、毎年株数を増やし、現在では3,000株植えています。
 
  このようなことを思い立ったのは、かつては12戸あった引無(ひきなし)の集落も、現在では6戸になり限界集落になっているからです。
 
  短い期間ではありますが、ミズバショウを植えることにより、かつての賑わいを取り戻したい、と考えました。 

  園の周囲約200メートルを、トタン板で囲っていますが、これはイノシシの 
進入を防ぐためです。イノシシがミズバショウの根を食うわけではありませんが、体についたダニを落とすために、湿原で暴れまわりミズバショウの根を傷めるのです。
 
 ご来園くださった方は、入口、出口の木戸を、必ずお閉めくださるよう、お願いいたします。

  

※ ミズバショウの苗は、3,000株植えていますが、ミズバショウの花が咲くまでには、5年程かかります。したがって、現在咲いているのは、従来からあった株と初期に植えた株で、全株数の1割ぐらいです。最近植えた株は小さく、まだ花が咲いていません。 

 

※※ 園には1株だけ、ザゼンソウがあり、3月の初めに1輪だけ咲きます。ザゼンソウは植えてから約50年経ち、毎年花を咲かせ、実がつきますが、増えることは全くありません。50年間1株だけです。それは、周りにミズバショウがあり、ミズバショウがバリアーを張って、ザゼンソウの増えるのを邪魔しているからです。
  

  • これは、アレロパシー現象(作用)というもので、ある植物が他の植物の生長を抑える物質(アレロケミカル)を放出して、自分だけが繁茂する現象をいいます。他に、セイタカアワダチソウやヨモギも同じような性質を持っています。 




ひきなしさくら園

  

  引無地区の賑わいを取り戻すこと、旧哲多町内には、桜の名所がないため、桜の名所を造ることを目標に、平成28年(2016)年4月、引無地区に住む者や引無地区出身で地区外に住む者13人で、「引無古里再生プロジェクト」と銘打ち、チームを結成し、嶋村家とチームのメンバーの土地に、ソメイヨシノの苗木30本を植えました。その後、毎年本数を増やし、現在では約1ヘクタール(1町)の土地に、ソメイヨシノ200本を植えています。それが、みずばしょう園の東側に位置する、「ひきなしさくら園」です。 

年1回チームのメンバーで下草を刈っています。 

 苗木を植えて、最長のもので、6年しかたっていないので、まだ園を白一色に染めるというような派手さはありませんが、4月10日過ぎには、東西に走る市道の両側(約200m)に美しい桜が見られます。 




 



おかやまマラソン記

 
令和4年11月13日に開催された「おかやまマラソン2022」を完走しましたので、報告します。

○ おかやまマラソン参加前の状況について
  第1回おかやまマラソンは、平成27年11月8日(日)に開催されましたが、この時は、脊柱管狭窄症という病気を患っていたため、ランナーとしてではなく、ボランティアとして参加しました。後楽園の南端東側の市道で、ランナーを応援しながら沿道整理にあたりました。

  脊柱管狭窄症の症状は、平成26年3月20日に現れ、以後ほとんど走れなくなりました。このため、1か月後の4月21日に開催された、私にとって二度目のボストンマラソンにエントリーしていましたが、キャンセルせざるを得ませんでした。
  前年の4月15日に開催された、同マラソンでテロに遭って、ゴールまであと500mというところで、大会が中止になったのでした。

  200m歩くのも困難になり、平成30年7月6日、西日本豪雨のあった日の午後、思い切って脊柱管狭窄症の手術を受けました。手術は成功。しかし、手術後2年間は、重い物が持てず、走ることもほとんどできませんでした。
  術後2年経ったころ、一度に10~20km走れるまで、体は回復しました。

  今年は、おかやまマラソンに挑戦することで、正月から練習を開始。できるだけ1度に20km、少なくとも10km走るようにしました。
  しかし、練習をし過ぎて、10月10日以降、本番まで1kmも走れなくなりました。脊柱管狭窄症が再発したのです。1か月間、まったく練習をせずに、大会に臨んだ結果が次のとおりです。

○ おかやまマラソン当日の記
以下の文章は、令和4年11月19日の山陽新聞のちまた欄に掲載された投稿文の原稿です。これをもって、マラソン当日の報告とします。
 

奇跡的に際どくゴールイン

  おかやまマラソンに参加し、おかげさまで完走しました。何か奇跡的に完走したように思います。高齢であること、病気のため9年間一度もフルマラソンを走っていないこと、脊柱管狭窄症という病気であることから、フルを走り抜くことは不可能だと思っていました。おまけに練習をし過ぎて股関節を傷め、10月10日以降1キロも走れず、ぶっつけ本番で参加しました。
  案の定、9キロあたりで膝やふくらはぎが痛みだし、以後歩いたり走ったりの繰り返し。折り返し地点あたりで棄権するしかない、と思っていました。歩いたり、走ったりで、中間点に到達した自己計測タイムは3時間1分。あとの半分を3時間以内で走れば、6時間を切れると考えました。
  そこで、傾斜のある橋以外は、足が痛いのを我慢して、歩くのをやめ、スローペースで走り続けました。
 フィニッシュタイムは、5時間58分52秒。きわどいゴールインで、めでたく備前焼のメダルをゲットできました。

令和4年 9月13日 
昨日と今日、みずばしょう園の草刈りをしました。湿原なので、長靴だけで入ると深く足が沈んで抜けなくなります。畳一畳分より少し小さいトタン板を2枚利用して、その上に乗って刈りました。
草刈りをしないと、来年春にみずばしょうの花が目立ちません。

草刈り前の光景です。

草刈り前の光景です。

草刈り後の光景です。

シラヒゲソウが、咲きました。

令和4年7月24日

プロジェクトチームのメンバーが桜園の下草を刈ってくれました。

プロジェクトチームのメンバーで引無地区の中を走る市道の両側の草刈りをしました。

プロジェクトチームのメンバー

サワギボシが咲きました。

2022年6月2日 
ホウノキの葉によく似た大きな葉が茂っています。恐竜の生きた時代の湿地のようです。

2022年4月11日 ソメイヨシノが満開です。4月15日頃までが見頃です。

4月11日 ミズバショウのシーズンが終わりました。今年は、3月20日から4月5日までが見頃でした。 

2022年3月27日  駐車場を広げました。

2022年3月20日 
ザゼンソウが咲きました。

2022年3月20日 ミズバショウが咲き始めました。

開花時期の嶋村みずばしょう園

公園の所在地 

岡山県新見市哲多町田淵1485番地-2

チームリーダー 

 嶋村 稔(岡山市在住)

電話  090-5692-5538


園主・嶋村稔のマラソン情報

 私の趣味はマラソンです。
 
 50歳代で風邪をよく引くようになり、一度風邪を引くと、慢性気管支炎があって、咳が4か月も続くのに困り果てていました。何か風邪を引かない、よい方法はないものか、と悩んでいる中で、思いついたのがジョギングです。54歳の時でした。
 そのジョギングを始めて2年目で、ハーフマラソンに挑戦し、3年目でフルマラソンを完走するまでになりました。

 今年(令和4年)の11月13日(日)に開催される「おかやまマラソン」に申し込みをしたら、抽選に当たりました。しかし、制限時間内に完走できるのか、不安があります。
 
 私は、10年程前に世界6大マラソンを目指していました。ベルリン、シカゴ、ニューヨークの完走メダルを持っています。東京も世界6大になる前ですが、走りました。
 ボストンは、テロであと500mを残して、ゴールできませんでした。
 ボストンはテロの翌春(平成26年4月)、再挑戦しようとエントリーしたのですが、大会の1か月前に走れなくなり、キャンセルしました。脊柱管狭窄症という病気になったのです。
 
 その病気を患い、4年が経過したころ、200mの歩行も困難になり、思い切って手術を受けました。術後4年が経過しました。最近やっと、3時間かけて20km走れるところまで回復しましたが、フルマラソンは9年程前にニューヨークを走ったのが最後で、以来一度もフルを走ったことがありません。歳も世界6大を目指したころは、65歳でしたが、今はすでに76歳(おかやまマラソン当日は77歳)です。
 奇跡でも起きない限り、制限時間内の完走は難しいように思われます。
 僅かな可能性を目指して、現在、月に70km程度走ることを目標に、練習をしています。
 
 主な大会の記録は、次のとおりです。

| № | 大 会 名 | 開催年月日 | タイム | 備 考
| 1 | 東京マラソン | 平成19年2月18日 | 4時間34分00秒 | 有森裕子さんのラストラン
| 2 | ベルリンマラソン | 平成23年9月25日 | 4時間10分43秒 | 
| 3 | シカゴマラソン | 平成24年10月7日 | 4時間13分57秒 | 
| 4 | ボストンマラソン | 平成25年4月15日 | (予想タイム) 4時間12分52秒 | ゴールまであと500mのところで大会中止
| 5 | ニューヨークマラソン | 平成25年11月3日 | 4時間42分55秒 | ニューヨークの街を楽しみながら走ったので、タイムは悪かった。
| 6 | ロンドンマラソン | 平成27年4月26日 | 大会1か月前にキャンセル | 病気のため